アングルが提案する「暮らし観光」

アングルが提案する「暮らし観光」とは?
今回は、近い思いで宿を営む、神奈川県真鶴町の「真鶴出版」の川口瞬さんにインタビューいただきました。

INTERVIEW

2021.07.01 UP


「暮らし観光」という言葉を知っている人は少ないだろう。

「暮らし観光」とは、これまで当たり前とされてきた、名所旧跡や温泉を巡るような観光ではなく、その地域独自の暮らし――地元の人に親しまれているお店や食べ物、文化などを楽しむ観光の造語だ。

コロナ禍で遠くに観光に行きづらい今、ますますその価値が見直され始めている。そんな「暮らし観光」を掲げるホテルの一つである「マイクロホテルアングル(Micro Hotel ANGLE)」を取材した。

    インタビュー・編集:真鶴出版 川口瞬


アングルが暮らし観光をはじめるきっかけ 】 

アングルのオーナー・飯田さんは、もともと地元の山梨県で銀行員をしていた。
観光業とはかけ離れたところにいた飯田さんが暮らし観光に興味を持ったのは、2014年、銀行員時代に泊まった、長野県・善光寺門前のゲストハウス「1166バックパッカーズ」だと言う。

「そのときに初めてゲストハウスに泊まったんです。宿の人が丁寧にまちのことを紹介してくれて、まちの日常に入り込めた気がして。地域の人がアテンドすることで、そのまちの見方が変わる。まちにとって宿がこんなに大切な機能なのか、と気づかされました」

そんな体験があったからこそ、2020年にアングルをつくることになったときも同じようなサービスを提供することを目指した。岡崎はもともと観光地では
なく暮らすまち。しかし飯田さん自身、縁もゆかりもなかった岡崎に移住してきて、自分の足でまちを見て回るうちに、古くからある洋食屋や銭湯、和ろうそく屋など、地元の人が通うおもしろいお店がたくさんあることに気づいた。そんなお店を丁寧に紹介していけば、これまで岡崎に興味を持たなかった若い人たちが訪れるのではないか、と考えた。

家族2代で営まれている、100年近く続く洋食屋の「菊や」
レコードが流れる「銀界拉麺」は、みんなのお気に入り
90歳近い店主が一人で切り盛りする「丸長」は、蕎麦もうどんも優しい味

現在、アングルを運営して約一年。実際に遠方からたくさんの人たちがこの場所を訪れることはもちろん、近所の人が泊まり、「まちが違って見えた」という声もあった。市内に住む人や、愛知県内に住む人が「新しくお店をやりたい」とアングルのバーに立ち寄ることも増えてきた。「岡崎で何かやりたいと思う人が増えれば一番良いですね」と飯田さんは語る。

またさらには、アングルによって地域にとっても良い影響が出ているという。
「岡崎は観光地ではないからこそ外からの目線が少なくて、本当は良いはずのところを“普通”に思っちゃうところがあるんです。それを外から来たうちのゲストが客観的に『いいね』と言ってくれることによって、まちの愛が醸成されている感じがしますね。それは消費的な観光ではないからこその良いところだと思います」  

ご夫婦揃って岡崎のことを色々教えてくれる「磯部ろうそく店」のお二人
アングルの2軒隣から、優しく見守ってくれる「ベルン洋菓子店」の皆さん
「アバンダンティズム」は、彼らの笑顔や会話が楽しめるのも良さの一つ
「TAC-MATE」は、ローカルとオルタナティブが混ざった新感覚コンビニ

写真家・MOTOKOさんが考える、暮らし観光の意義  】

飯田さんが「暮らし観光」という言葉を知ったのは、写真家であり、日本各地で「ローカルフォト」というプロジェクトを行うMOTOKOさんからだった。

MOTOKOさんが初めて岡崎に訪れたのは、2018年のことだ。
「まず岡崎の個人商店の多さにびっくりしました。でもやっぱり若い人たちはそこを通り過ぎて名古屋に行ってしまっていた。だからこれまでのような観光ではなくて、まちを歩くことで、地域の産業が盛り上がるようなサスティナブルな観光が必要だなと考えていました」

そしてMOTOKOさんは、2019年11月頃から「暮らし観光」という言葉を使い始める。その背景には、当時全盛だったインバウンド観光への不信感がある。
「ただただ消費を促して、その観光地に住んでいる人がしんどくなるのがインバウンド観光だと思うんです。これは良くないなと思った。それにインバウンド観光は岡崎のような観光地ではないところでは成り立たない。だから、旅人も住民もみんなが幸せになれて、しかも観光地ではないところでも観光ができるようになったら良いなと思ったんです」

まちを歩き、個人商店に光を当てる。そしてロードサイドや、ナショナルチェーンに行ってしまった人たちをもう一度地元の個人商店に戻す。一度その店の店主とつながることができれば、まちに愛着を持って何度も通うようになる。これまでは非日常を体験することで旅人だけが楽しい旅だったが、これからは日常に入り込むことでみんなが幸せになれる旅が必要だ。そんな風にMOTOKOさんは考えている。

「いわゆる観光資源が乏しいと言われているところも、楽しめるところがあると思うんです。他人の“日常”は自分にとっての“非日常”だから、“非日常”に取り込めば全部楽しめるはずですよね」
各地で暮らし観光の事例を見てきたMOTOKOさんは、暮らし観光の上で重要なことは「視点を変えること」だと言う。
「まちの悪いところを見て引き算していくのではなくて、良いところを足し算していくように見る。くるっと見方を変えて視点を変えるだけで新しい観光になるんです」

アングルスタッフが、岡崎に来て手に入れた視点 】 

写真左:福井由布 写真右:山崎翔子

アングルで働くスタッフ・福井さんも、岡崎に来てから「視点」が変わったうちの一人だ。
徳島県出身の福井由布さんは、東京で働いた後に2020年7月に岡崎に移住してきた。日本各地や海外も見てきたという福井さんは「岡崎が一番好きかもしれない」と言う。「岡崎には新しいお店と昔からやっているお店の両方あって。若い人が何か新しいことを始めても、『新しいことを始めてくれてありがとう』と受け入れ、応援してくれる。あたたかい人が多いところだなと思いました」。

そして、岡崎で暮らすことでこれまで持っていなかった視点を持つようになったという。 「今まで住んでいたまちでは、お店の人のことを全然見ていなかったんです。インスタで見て、『このお店に行ってみたい』と思って、一回行ったら終わり。でも岡崎に来て初めて、『この人がいるからこのお店に行きたい』と思うようになりました」
今ではその視点を持って、地元・徳島に帰るたびに今まで行かなかった色々なところを巡るようになった。

創業メンバーの一人であり、東京都出身の山崎翔子さんも「すごく分かる」と同意する。「今だったら自分の地元でも、どこの土地に住んでも同じぐらい愛せるんじゃないかと思うんです」。
なぜ東京では気付けなかったことに気付けたのか? 
その理由を山崎さんは「情報量の少なさではないか」と言う。
「東京だと情報が多すぎて追いきれないところがあって。例えば『あそこで新しいイベントやるよ』とか、『新しい洋服が入るんだよ』という声も、岡崎ではちょうど良い量なんですね。少なくなった分、その価値に気付けているのかもしれません」

近所の朝市「二七市」は、色々なお店が並んでいて歩くだけでも楽しい


「暮らし観光」はもちろん、「暮らし」の数だけ存在する。だから何を観光とするかは地域によって異なる。ただ共通して言えることは、「新しい視点」を持つことなのかもしれない。

外から来た人は、アングルのような媒介者から「新しい視点」を借りて、その楽しみ方を知る。地元の人は、外から来た人によって「新しい視点」を手に入れて、自分の地元が好きになる。

これまでの観光は消費して終わりだったが、暮らし観光はそうではない。外から来た人が持ち込んだ「視点」は地域に残り続けるし、その人自身が地元に帰ったときにも、その「視点」は有効なはずだ。暮らし観光は、観光後の自分たちの日常をも豊かにしてくれる。    

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MOTOKO

写真家。
1966年大阪生まれ。
1996年写真家として東京でキャリアをスタート。
音楽や広告の分野で活躍する傍ら、写真集を発表。

2006年より日本の地方のフィールドワークを開始。
滋賀県の農村をテーマとする「田園ドリーム」。
2013年香川県小豆島小豆島在住の7人の女性のカメラチーム「小豆島カメラ」を立ち上げる。以降、長崎県東彼杵市、鳥取県大山町、静岡県下田市で、写真によるまちづくり活動を実施。

近年は “地域と写真” をテーマに「ローカルフォト」という新しい概念で多くのプロジェクトに参画。
主な事業に「長浜ローカルフォトアカデミー」、神奈川県真鶴町「真鶴半島イトナミ美術館」、山形県山形市「ローカルラーニングツアー山形」など。

展覧会は「田園ドリーム2018』(オリンパスギャラリー東京)、「田園ドリーム」(銀座ニコンサロン 2012)、小豆島の顔 (2013 小豆島2013)、作品集に「Day Light」(ピエブックス)「First time」(ソニーマガジンズ) 「京都」(プチグラパブリッシング) ほか。

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川口瞬

真鶴出版代表。雑誌『日常』編集長。

1987年山口県生まれ。
大学卒業後、IT企業に勤めながらインディペンデントマガジン『WYP』を発行。“働く”をテーマにインド、日本、デンマークの若者の人生観を取材した。

2015年より神奈川県真鶴町に移住。
「泊まれる出版社」をコンセプトに真鶴出版を立ち上げ出版を担当。
地域の情報を発信する出版物を手がける。

「LOCAL  REPUBLIC  AWARD  2019」最優秀賞。

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今回は、近い思いで宿を営む、神奈川県真鶴町の「真鶴出版」の川口瞬さんにインタビューいただきました。