トライアングルトーク3「農の可能性とこれから」(前編)

愛知県みよし市・豊田市で農家をする「美岳小屋」の林さん。兵庫県朝来市で「南谷農園」「Sticks Coffee」を運営する南谷さんにお話をうかがいました。

COLUMN

2023.08.31 UP

愛知県のみよし市・豊田市で自然栽培のイチゴや落花生を育て、自社の加工品も作る「美岳小屋」の林さん。そして、兵庫県朝来(あさご)市でブドウをつくる南谷農園と大自然の中でコーヒーが楽しめる「Sticks Coffee」を運営する南谷さん。 林さんは消防士からイチゴ農家に、南谷さんはコンサルティング会社・製薬会社からブドウ農家に転向されています。
その経緯や、今抱える課題も踏まえた農業の可能性やこれからについてうかがいました。(2023年1月14日の鼎談です。)

左)林 剛さん 中央)飯田圭 右)南谷 雄大さん

林 剛
1988年愛知県生まれ。元消防士の農家。祖父の畑を引き継ぎ、「オーガニックパンク」を掲げ、肥料や農薬に頼らない、自然の力でイチゴや落花生を育てている。落花生を自家焙煎してピーナッツバターなど加工品も手掛ける。自然栽培を通して世の中を面白くしていくのが信条。
https://www.instagram.com/mitakegoya/

南谷 雄大
兵庫県出身。大学を卒業後、名古屋市にてコンサルティング会社、製薬会社でマーケティングや営業を11年経験し、農業の道へ進む。 衰退産業と言われている農業を若い世代が目指すような職業に変化させるべく、農業と様々な活動を掛け合わせ日々新たな表現を行う。その一つとして、南谷農園の一角にコーヒースタンド「Sticks Coffee」を営む。 ミッションは「次世代に農業をバトンタッチ」すること。 日々、土を触るかっこよさ、大切さを伝えている。

https://merryhillsmarket.com
https://www.instagram.com/sticks_coffee/

飯田:お二人とも違う仕事から農家に移ったと思いますが、そもそもなぜ農業を始めたのかを深くお聞きしたいです。

南谷:僕は、経営コンサルタントをやっていたときに出会った一冊の本がきっかけです。そこには日本の農家の年齢分布が載っていて、今の日本には40歳以下の農家は全体の5%未満しかいなかったんです。65歳以上が6割を占めている産業。70歳が農家の最高齢だと考えると10年後には60%がいなくなってしまう。ボトムがないと日本から食べ物が消えるという危機感がすごくあり、なぜ若い人が農家にならないのだろうと考えたときに、やはり「ダサいから」という理由が一番に来ると思いました。ダサい、キツいというネガティブな要素があって、その固定概念を変えていく役目を自分が担おうと思って南谷農園を作り、農家になりました。農家を発信者やアーティストと捉えるというのが南谷農園の在り方だと思っています。

林:かっこいいな。僕は全然そんなんじゃないので。(笑)僕は元々、農業をやりたくありませんでした。うちの母方の祖父が農家なので小さい頃から収穫と農薬散布を手伝っていました。祖父は昼間はスイカを売りに行って夜中は警備の仕事に行ってということをしていたから農業って儲からないというイメージがあって、絶対違う仕事をしたいと思って消防士の仕事をしていました。

ところが、農業を手伝っていたということもあり「いつ消防やめるんだ。」「この農地はどうするんだ。」と地域に固められていって、最終的には農地を売って消防士を続けるか、農地を徐々に引き受けて開拓地を守るかの2択となりました。継ぐことはもう決まっていたので、消防士を続けて「金に走ったな」と思われるのはいやだったので消防士を辞めました。それが農家になったきっかけです。

飯田:そこからイチゴを選び、かなり難しいであろう自然栽培という選択をしたのはなぜですか?

林:同じ作物をやってもこの世界で生きていけないという思いは初めからあって、たまたま農業の研修に入ったところがイチゴの自然栽培の第一人者で、そこでイチゴのとんでもない難しさを2年間で感じました。師匠も始めて13年間いまだに研修生が独立したことがなかったと言うほどの過酷さで、農業をするならこれがしたいと思いました。

というのも消防を辞めた理由のひとつとして、自分が死にそうになるとアドレナリンが出て快感だったんですよ。誰かを助けに行きたいというより、より危険な現場であってほしいとか、どうしたら自分が危険な現場に行けるかを考えていたから、それは人を助ける身としては良くないと思って辞めることに決めました。

そのエネルギーを充てられるものでないと満足できないし、消防時代の先輩から、農業にいってショボくなったなとか思われるのがいやだから、イチゴをつくりながら「見ててくださいよ」と思っている自分もいます。溢れるエネルギーを落ち着かせられるのがイチゴの自然栽培だったんです。

飯田:また視点が違って面白いですね。南谷さんがブドウを選択した理由と、なぜカフェをやっているのかも聞きたいです。

南谷:次世代に繋げたくて農業を始めたので、自分の一番好きなブドウを選択したというのがひとつです。カフェをやろうと思ったのは、僕が南谷農園を立ち上げてInstagramで発信していくと一年目はお客さんがおじいちゃんとか村の人しか来なかったのが、2年目くらいから認知度がぐっと上がって、若いお客さんがぶわーってあぜ道に並ぶようになったんです。

それを見たときに、40代以下の若い世代に農業を発信できる、やり方は合っている!と思ったけれど、ブドウが1,2週間で売り切れちゃうんですよ。だから365日のうち14日くらいしかお客さんに会えず、僕のこの農業への熱い思いを話す時間がなかったんです。残りの350日はぼーっとしてるだけ。(笑)

そのときにふと「カフェって若い子集まるじゃん」と思って、カフェの力を借りて農業を普及させようと考えました。めちゃくちゃオシャレなコーヒースタンドを山奥につくって、それで若いお客さんに農業への思いを熱弁してやるんだと思ってSticks Coffeeをつくりました。

飯田:農業の間口を広げるようなイメージが印象的でした。ちなみに今までの農業の課題を少し仰ってましたけど、改めてどういうところが問題でそこにどう抗ったり、どういうことを意識したりしているというのはありますか?

南谷:これはグチになってしまうんですけど、すごく端的に言うと僕たちにとってはJA(農業協同組合)は煙たい存在なんですよ。なんでJAという組織ができたかというと、第二次世界大戦で日本が負けた理由はお金がなくなったことと、食べ物がなくなったこと。この二つが敗因となったときにお金を担保する組織として郵便局が、食べ物を担保する組織として農協ができました。

戦後70年このJAという存在は変わっていなくて、農家は生産者という扱いなんですね。日本人って生産者ってよく言うじゃないですか。料理人も「生産者めぐりしました。」とか言うんだけど僕はあの言葉がすごくきらいなんです。なにが違うのかなと思ったときに、国のためにものをつくる人を生産者、僕や林くんは農家だという定義を自分の中につくりました。日本の農業の悪いところは「生産者」ばかりということですね。儲からない仕組みになってしまっている。

林:そこに付け加えると、補助金とか融資の制度は僕らは全然受けられないんですよ。基本的に国のなかでJAに加盟していることと謳われている。

南谷:それは僕の言葉でいうと、生産者を守ってあげるという考えの制度ですね。

林:応募した90%以上が通っている制度から外れました。通った農家さんの内容を見たら、絶対僕らのほうがおもしろいことをやっていると思いました。僕らこうしたいあーしたいと言っているのにきっと見てくれてもないんですよ。想いだけではできないんだなと。

南谷:絶望的だったよね。国から除外されている感じがしました。僕らは国から認められていない農家。一方で生産者さんたちは国から認められている農家さんっていう位置付けですね。僕がこれからの若い子達に増やしたいのは、僕の言う「農家」です。自分でつくって自分で売ってお客さんの笑顔を見る農家さんを増やしたいと思っています。

林:補足すると、僕はJAは悪ではないと思うんですよ。島に住む友達がいて、彼らからするとJAってヒーローなんです。島から作物を売りに行くとなると本当に大変だけど、JAは一括して買い取って売りに行ってくれるんですよ。こんなに素晴らしい制度は他にない。天候によってたくさん採れすぎてしまう状況でも買い取ってくれることもあるし、様々なサポートはあるんですよね。だからそれが良いと思うかどうかです。

飯田:今後はどういうところを意識しているとか、ビジョンはありますか?

南谷:僕は絶対生産者にはなりたくなくて、ブドウジュースを飲んでくれて美味しいって言ってくれる姿を見たいんです。自分や仲間がつくったブドウを子どもたちが食べる姿を見たい、僕はそれしか夢見てないですね。

日本は食べ物に溢れていると思われてるが、実はそうではないんです。毎年栽培面積を増やしているけれど生産量は減っているんですよ。その理由は温暖化であったり、周りが放棄地になるがゆえに虫が湧き出すこともひとつです。毎年生産量が減っているのが今の日本であるということを皆さんに伝えたいです。 そして僕は若い人が農業に参入することがすごく大事だと思っています。

だからかっこよさとかやりがいとか、よりわかりやすく言うともっと儲けることが必要。例えば僕がベンツに乗って、IT社長のような暮らしを仮にしたとしたら、多分若い子って食いつくんですよね。本当にわかりやすいことからやらないといけないということでうちはアパレルを展開していたり、ブドウジュースをつくったり、チュロスを始めたりとか若い子が食いつくような工夫をしています。なのでそういう世の中に変えたいです。 

飯田:林くんはどうですか?

林:南谷さんと似ているところはありますね。農業の敷居ってもう少し下がらないといけないと思っていて、「農家ってこうだ」とか「農作業するにはこういう格好しなきゃいけない」とかそんなものなくて、自由でいいと思うんですよ。自営業だし。祖父たちとは「なんだ私服で行くのか」、「私服で何が悪いんだよ」みたいな感じでよく喧嘩します。(笑)

かつ、そのなかに稼げるというのがないと。南谷さんは違うかもしれないですけど、現状僕らは大赤字なんですよ。イチゴがあるがゆえなのですが、やればやるだけ赤字になる。

林:温暖化で暖かいがゆえに難しさもあって、僕らは今年は本当に壊滅的で病気や虫が止まらず、イチゴの株を切っているんです。今期採らなければいけない生産量分の株を植えているうち3分の1を切って生産終了しました。嫁さんは半分泣いてるんですよね。でも切るしか止められないから。当然そうするなら価格も上げなければいけないし、それでこそ続けられる。これは実際稼げているのかみたいなところはありますけど、僕らはこの金額で勝負してやっていけるぞというのを見せたいから、なんとか足掻いています。なんとかして継続できる農業をしていかないといけない。

飯田:南谷さんの課題や、現状で悩むことはありますか?

南谷:日本が貧乏な国になっていっていることが悩みですよね。林くんのイチゴを買える人なんていない…(笑) 

飯田:いるいる!(笑)

林:皆さん、応援してください…!

南谷:円安になることによって海外の堆肥や肥料が高騰している。例えばブドウ一房800円で、今までは40%だった原価が50%になり60%になり、かつ虫や病気を考えるとリスクもかなりある。僕にはどうしようもないところではあるし、何の商売でも同じだと思いますが、日本の貧乏さというのがネックですね。海外で売った方が高く売れるよとも言われますが、次の世代に農業をバトンタッチしたいというのは日本の話なので、海外に売るだけの余裕はないんです。ブドウ一房をとっても子どもたちに食べさせてあげたいというのが僕の思いなので。

飯田:難しい問題ですよね。どうしても物価が上がるなかで、日常で食べてほしいという思いもあって。

林:価格で言うと僕は今年相当、心を病みましたよ。実際日本でどれだけの人が自然栽培のイチゴを求めているかというと、本当に極々わずかだと思うんですよね。そもそもイチゴは自然栽培で育てるのが難しいということを知らない人が多いですし。じゃあなぜ自然栽培でそれでつくる必要があるのか、この価格で続ける必要があるのか、延々と葛藤しています。僕ら今1パック2500円で売っていて、その価格でも今年は採算が合わないんですよね。

でもやっぱり僕はそれが好きでやってるし、足掻いている感じが楽しいんですよね。例えば今日みたいに暖かくて雨が降った翌日のイチゴって最悪に味が落ちるんですよ。だから僕らは明日収穫を休みにしたんですけど、そうやってなるべく収穫日を変えながら価格に見合うイチゴを出したいという気持ちが生産している身としてはあります。

でも雨が続いてしまったりとか、合わない日ってあるじゃないですか。そうすると、なんだこの価格でこの味は、となっちゃうから、単純に味だけでなくいろんな意味でこの価格なんですというのを伝えないとなと。だからこういう場はすごく嬉しいです。

飯田:たしかに伝える場って大事ですよね。

南谷:ありがたいですね、本当に。

飯田:そういう意味でコーヒースタンドというのはめちゃくちゃ機能しているということですね。

農業に対し熱い気持ちを持つお二人。
後編では、その熱量を保つモチベーションや、どのようにチームに共有しているのか、また農薬を使うことは悪なのか、それぞれの考えをうかがっていきます。

→後編はこちら

トライアングルトーク「農の可能性とこれから」

作物や地域、そして農業の未来に熱い思いで向き合っている「農」に関わるお二人にお話を伺いました。