僕のアングルから、みんなのアングルへ〈後編〉 – 「生きたい未来」を自分でつくる –

マネージャーのすずかはどうしてアングルに根を張ることを選んだのか。彼女の生い立ちや現在に至るまでの歩みとこれからについてをお届けします。

INTERVIEW

2025.12.26 UP


すずかさんは2002年に岡崎で生まれ、岡崎で育った。アングルに出会うまでの生活圏は、家と学校、そしてショッピングモール。このまちに特別な思い入れはなかった。

そんなすずかさんがなぜ、アングルのホテルマネージャーとして「アングルに根を張る」ことを選んだのか。すずかさんの生い立ちから、現在に至るまでの物語を紹介する。

取材・執筆・撮影/前田智恵美(フリーライター)

前編はこちらから↗︎

教師に抱いた憧れと違和感

すずかさんは岡崎市内の高校を卒業後、刈谷市にある愛知教育大学へ進学。現在は卒業を控えている。

教育に関心を持ったのは小学6年生のとき。

クラスを温かな雰囲気でまとめる担任の先生に憧れ、「私もこんな先生になりたい」と思ったのがきっかけだった。

中学3年生になると、岡崎市の海外交流事業で姉妹都市であるスウェーデン・ウッデバラ市を訪問。そのとき、教育水準の高い北欧の環境を体験し、日本との違いに驚かされたという。

「学校で朝ごはんが食べられたり、授業が選択式だったり、日常的にiPadを使っていたりして。私はそれまで『日本の教育はすごくいいもの』と思い込んでいたんですが、北欧の学校を見て、まだまだ改善の余地があることを知りました」

スウェーデン留学での様子

同じ頃、担任に掛けられた言葉も、進路選択に大きな影響を与えた。

「『教師になるのなら、自分の生活や趣味、家族をすべて犠牲にしてでも仕事に人生を捧げる覚悟があるのか?』と聞かれたんです。その先生は、私のことを思って言ってくれたと思うんですけど、『それでいいのかな』と感じちゃって……」

昨今、教職員の長時間労働や過酷な労働環境が社会問題になっている。その影響は教員の私生活だけでなく、家族や生徒にも及ぶ。

「仕事にやりがいを感じるのはいいことだけど、プライベートを犠牲にするのは絶対によくない。だから私は、教師になるのではなく、教育現場の労働環境を改善する仕事がしたいと思いました」

そして2021年4月、教育に関する制度や運営を専門的に学ぶため、愛知教育大学教育学部・教育ガバナンスコースへ進学した。

ソーシャルディスタンスが視野を広げた

しかし、当時はコロナ禍の真っ只中。

新入生歓迎会やサークル活動といった学生同士の交流は、大きく制限されていた。

「人と話したくて、関わりたくて仕方がなかった」という当時のすずかさん。つながりの糸口を、オンラインに見い出した。

Twitter(現X)を活用し、関心のある教育関連の情報を集め、直接メッセージを送ったり、イベントに参加したりと、積極的に交流。教育現場の改善に取り組む社団法人のメンバーにもなった。「もしあの頃、普通に大学生活が始まっていたら、いまの自分にはなっていなかったかもしれない」と振り返る。

多様な人と出会うなかで、すずかさんはふとこう感じた。

ーー私、温室栽培すぎる。

「世の中にはいろいろな生き方や価値観があることを知りました。でも私は、子どもの頃からずっと教育のことにしか関心がなかった。そんな視野の狭い状態で、これから人生の進路を選択していくのが、急に怖くなったんです」

いまの自分の場所から離れて、視野を広げたい。

本当に好きなこと、夢中になれるものに出会いたい。

そう思ったすずかさんは、大学1年生の6月に休学を決意。マーケティング会社のリモートインターンをしながら、静岡県伊豆半島の最南端にある南伊豆町と下田市で暮らし始めた。

南伊豆滞在中のすずかさん
八ヶ岳で知らないおじさんにアングルを教わる

なぜ、南伊豆だったのか。

「教育関連のプロジェクトの視察で南伊豆を訪れたとき、海がすぐそばにある暮らしに衝撃を受けたんです。自然の雄大さって、こういうことなのか!って。それで、この場所で暮らしてみたいと思いました」

すずかさんは、下田市にあるコワーキングスペース付きの宿泊施設に2ヶ月間ほど滞在。「人と喋りたい」というエネルギーに満ちていたすずかさんは、行く先々で「話を聞かせてください!」と声をかけ、どんな会話もすべて学びとして吸収した。

「たとえば、卒業旅行で行ったインドが楽しすぎて帰国せず、内定先の入社式も仕事もすっぽかして解雇になった人とか(笑)。でもその後、起業して普通に働いているそうで、人生って本当に何とでもなるんだなと思いました」

人生、何とでもなる。

その感覚を得たことが、何よりの収穫だったという。

その後、全国の宿泊拠点に定額で泊まれるサービスを活用し、各地を転々として暮らす生活をスタート。茨城、東京、宮城、石川、徳島、香川など、縁とタイミングが合った土地を流れるように巡った。そんな旅の途中、山梨・八ヶ岳で、思いがけずアングルと出会うことになる。

「八ヶ岳で泊まった宿の共有スペースで、たまたま隣にいた方とお話しする機会があったんです。出身地の話になって、『岡崎です』と伝えたら、『岡崎といえばアングルだよね。タックメイトも銀界もめっちゃいいよね』と言われたんですけど、私、何も知らなくて。『何ですか、それ』って」

18年間、岡崎で暮らしてきたのに、地元のことを何も知らない。

「地元のおすすめを知らないおじさんに教えてもらうなんて、ちょっと悔しくて(笑)。それで1回、岡崎に戻ろうと思いました」

南伊豆の生活と、アングルの「暮らし感光」

地元に戻ったすずかさんは、アングルで2週間のインターンを体験。そこで、アングルが掲げる「暮らし感光」が、南伊豆で自分が感じたことと重なっていることに気付いた。

インターン時代

南伊豆町や下田市は、夏には海水浴客や観光客で賑わう人気エリアだ。

すずかさんが南伊豆に滞在したのは、主に夏から秋にかけて。夏の観光シーズンの賑わいと、秋以降に見える過疎地域としての静かな姿の両面を経験した。

「いわゆる観光シーズンは仮の姿で、本当の魅力はその地域の人たちの生活だと感じました。観光客で行列ができるおしゃれな人気店もいいけど、地元のおっちゃんがやってるお店の方が安くておいしい。そういう『地域の暮らしに入り込む楽しさ』を、南伊豆で体感していたんです」

まさにアングルが提唱する「暮らし感光」そのものだった。

「そんな宿が地元にあるなんて運命的だし、これまでの自分の経験が生きる場所だと思いました」

アングルで働くことは、私にとっての「生存戦略」

2022年4月、大学復学と同時にアングルでアルバイトをスタート。大学生活とアングルでの仕事、そして前述の社団法人やインターンの活動を並行しながら、充実した日々を過ごした。

しかし、家族の病をきっかけに、心身のバランスを崩した時期もある。

「私は家族に恵まれていて、そこが幸せの基盤でした。ずっと愛情で満たされている実感があったから、そこから溢れたぶんのエネルギーで、誰かのために、社会のために、ってがんばれたんだと思います。でも、その自分を支える土台が揺らいでしまったとき、自分を生かすことだけで精一杯で。これから生きる意味のようなものも見失ってしまって……」

そんなとき、ある企画で「『10年後の岡崎』をテーマに文章を書いてほしい」と依頼を受けた。10年後、つまり30歳の自分は、どう生きて、どんな暮らしができたら楽しいだろうーー。描いたのは、お気に入りのお店やこの土地の文化がちゃんと続いていて、そこに新しい人たちもどんどん加わっている岡崎のまち。そして、そのなかで子育てをしている自分の姿だった。

「理想の10年後を書き出したとき、『アングルで働き続けていたら、残したいお店や文化を守ることや、おもしろい人たちがこの街に移住するきっかけをつくることができて、描いた未来を実現できるかもしれない』と思ったんです。

そこで初めて、誰かや社会のためじゃなく、自分のために働きたいという気持ちが芽生えました。自分が欲しい未来をつくるために、これからもアングルで働こう。そう思えて、ちょっとずつエネルギーが戻ってきました。

私が生きていたい未来には、アングルがある。だから、アングルがなくなったら困る。ほんとに困る(笑)。私にとってアングルで働くことは、生存戦略なんです」

コンビニのレジ袋に見つけたホスピタリティ

そんなすずかさんがアングルで働くうえで大切にしているのは、「大きな視野で、小さなことをする」ということ。

「まちや会社の未来といった大きな視点を持つことも大事ですけど、結局は目の前の小さな積み重ねこそが、一番大切だと思うんです。たとえば、すれ違った人にきちんと挨拶をするとか、お店の前を丁寧に掃除するとか」

そう思うようになったのは、精神的につらかった時期にコンビニで経験したあるできごとがきっかけだった。

「その頃、ただでさえ精神的にズタボロだったのに、手を縫う怪我までしてしまって。包帯ぐるぐる巻きでコンビニへ行ったことがありました。そのとき、レジで店員さんが何も言わずにサッと商品を袋に入れて、持ちやすいように渡してくれたんです。レジ袋をお願いしていないのに、なにも聞かず、自然に。そのやさしさがありがたくて、思わず泣いてしまいました」

名前も知らない誰かの、ほんの小さな気遣いが、人を救うことがある。サービス業の力を、身をもって実感した瞬間だった。

「宿は、ほどよい他人同士がゆるやかに交わる場所です。アングルでの小さな関わりが、訪れた人の気持ちを少しでも前向きにできるかもしれないし、人生を変えうることもある。小さな宿だからこそ、目の前のことを大切にして、お客さま一人ひとりと丁寧に向き合っていきたいと思っています」

接客中のすずかさん
これからのアングルを考える

最後に、これからやりたいことを尋ねると、「いまはマネージャー業に集中していて余力がないんですけど」と前置きしながら、こう答えた。

「まずは前提として、宿の稼働率を安定的に担保すること。宿が自然と毎日埋まるような流れをつくっていきたいです。それから、夕方や夜の時間帯にアングルの1階をもっと活用して、いろいろな世代の方々が集まってまちの文化やカルチャーを気軽に学べる場をつくりたいと考えています。

私は大学時代のほとんどをこのまちで過ごしました。いろんな働き方や価値観があることを知り、学校とは違う学びがたくさんありました。大人たちが本気で楽しんでいたり商売をしたりしている中に混ぜてもらったからこそ経験できたこともあります。

まちって、とてもおもしろい学び場だと思うんですよ。今は教育の道を離れてしまったけど、いずれは「まち」と「教育」、自分の好きなものの中庸を取れるようにしたいです」

生きるために、自分が生きたい未来をつくる。

まっすぐな言葉でそう語るすずかさんはとてもまぶしい。アングルも、岡崎のまちも、どんどんいいものになっていく。彼女と話したら、きっと誰もがそう感じるだろう。

いまは変化のまっただ中にいるすずかさんとアングルが、この先どんな日々をつくっていくのか、とても楽しみだ。

僕のアングルから、みんなのアングルへ 「生きたい未来」を自分でつくる

前田智恵美  / フリーライター

1984年生まれ、宮城県石巻市出身で現在は岡崎市在住。IT企業、出版社を経てフリーランスのライターとして独立。地域情報誌、WEBメディアなどでの取材執筆や、書籍の編集協力を中心に活動している。

飯田圭/ANGLEオーナー @keiiida

1989年4月生まれ。山梨県笛吹市出身。都内大学を卒業し、Uターンで地元地方銀行に。同時期に民間アートプロジェクトに参画し、街に関わるようになる。その後、愛知県岡崎市に転職で移住。 中小企業支援、コワーキングスペース立ち上げ後、元カメラ屋を改装した個室6部屋の宿「Micro Hotel ANGLE」運営を軸に、「ANGLE編集室」として編集事業を手掛ける。創業195年の柴田酒造場とともに、一棟貸しの宿「脈 MYAKU」を2026年に開業。

たいらすずか/ANGLEマネージャー @__szka

2002年生まれ、岡崎市出身。国内を転々とする多拠点生活を経て、地元岡崎市に根付く事業に取り組むため2021年からANGLEスタッフに。ANGLEのコンセプトである「暮らし感光(観光)」をテーマに、イベント企画・運営や広報などを担う。

僕のアングルから、みんなのアングルへ〈後編〉 - 「生きたい未来」を自分でつくる -

マネージャーのすずかはどうしてアングルに根を張ることを選んだのか。彼女の生い立ちや現在に至るまでの歩みとこれからについてをお届けします。