藤原印刷コラボトーク「本をつくるってどういうこと?」(後編)

2024年12月14日に開催されたトークイベント、「本をつくるってどういうこと?」のレポート後編をお届けします。後編では、実際に本をつくることについてのお話をまとめています。

REPORT

2025.05.07 UP

トークゲストは「藤原印刷」の藤原隆充さん、藤原印刷で本づくりをしたことがあるイラストレーター山本ひかるさん、そしてアングルオーナー飯田圭の3名です。

→ 前編はこちら


実際に本をつくってみて

– どの段階で藤原印刷さんに相談した?-

山本:『手弁当』の内容は決まっていたんですけど、表紙やどんな紙を使うかはイメージが湧いていませんでした。担当の小池さんに悩んでいることも含めて伝えたら、希望を汲んでいろいろ提案してくれました。

『松本マップ』の時は書きなぐって、とりあえずマステでつなぎ合わせて持参しました。このページ割りだとフルカラーができるとか、CMYKのこととか印刷の知識を手取り足取り教えてもらいながら仕様を決めていきました。最初から100%つくり込んで持っていくのではなく、60%くらいで持っていくと何が調整できるかを教えてもらえるのでおすすめです。

藤原:完全に出来上がっていると、「何部にしますか?」「どの紙にしますか?」…とこちらもあまり手札が出せなくて。仕様書を書く前から相談に乗っているところが藤原印刷の特色で、何も決まっていない0の段階でも見本を見てもらいながらじっくり説明をします。

僕たちは「どんな本をつくりたいか」ではなく「なんで本をつくりたいんですか?」と聞くようにしていて。営業というより、プランナーに近いことをしています。これまでは「印刷はすべてお任せ」という人が多かったけど、本をつくられる方自身もチームの一員として過程を楽しむことで、より自分事になって愛着が沸いていくと思っています。

山本:本づくりって大変だけど、一度経験すると楽しくなっちゃうんですよね。わたしの場合、イラストとデザインは全部自分で作成していますが、仕事だとは思ってやっていなくて。藤原印刷さんとの打合せも印刷について勉強させてもらっている感覚で、徐々に印刷業界のことがわかってくると次はこの紙にしてみようとかいろいろ試したくなります。

ちなみに打合せは最初の1回でがっつり進めて、2回目でほとんどの仕様を決めています。

工場見学はテーマパークみたいだし、紙物の打合せは実物を見た方がいいので絶対オンラインじゃなくて現地に行くことをおすすめします。印刷の立ち会いも行った方がいい。藤原印刷さんまできれいな景色を見ながら気持ちを高めていくといいですよ。

藤原印刷の外観

藤原:現地に来て仕上がりを自分の目で見て決めると、より自分でつくった感覚を得られます。ただ打合せは松本の工場だけでなく東京支店もありますし、オンラインで紙や見本をお送りして対面と遜色のない対応もしています。

-部数ってどうしてる?-

山本:『手弁当』は2020年につくり始めて、これまでに4回増刷しています。最初は自分のつくった弁当の写真がどれだけ売れるかわからないし、在庫は抱えたくないなと思って少なめに100部を印刷しました。

2021年秋には追加で100部、2022年に150部。2023年に仕様を変えて200部を増刷したら1週間で完売して。その後、オンラインで選書サービスを行っている方が見つけて発信してくれたら、1日で250部が売れたこともありました。その場ですぐ200部を増刷したので、これまでの合計は750部。トータル1000部を目標としていたのでもう少しです!今も在庫が入った段ボールを寝室に置いていて、増刷するたびに「また増えた!」というのをずっと繰り返しています(笑)

-値段ってどうやってつける?-

山本:『手弁当』は1冊税込1,500円から始めました。少しずつ値段を上げていって、今は税込2,200円で販売しています。これで儲けたいというよりも、本屋さんで妥当な値段をリサーチして決めました。でも自費出版を買う人は値段を気にしていない方が多いような気がします。安いから買う、というよりも、ちゃんと誠実につくった本であれば、手に取ってもらえるように感じます。安売りせずにある程度値段がついている方がいいなと思いました。

10冊以上だったら少し安くした上で送料は自分持ちにしているので、まとめて仕入れてもらった方がお得になるしくみにしています。注文いただく時は、10冊か20冊が多いです。

藤原:値段をつけるとなると、どうしても商売人マインドになりがちなんですよね。10万円の利益を出すことを目的とするより、商売の全部を自分でやってみることや、自分の実績の紹介になる方が本来の目的なはずで。率先して赤字になる必要はないけど、費用面について考えると気持ちがブレてしまうことがあるので、そんな時にはお客さんに「何のためにつくるんでしたっけ」と問いかけるようにしています。

また、制作コストを抑えたいという方には、カバーや帯を自分でかけることを提案しています。自分で1冊ずつ仕上げることになるので、物に対する愛着も変わってきます。いろいろコストを抑える方法はありますが、最終的には部数を少なくして落としどころを決める人が多いです。自分の持ち出しに対して納得できる形で進めていくのがいいなと思います。

山本:本をつくるにあたってどう身銭を切らないかを考えるのも大切だと思っていて。印刷会社さん的には多く刷ってほしいだろうけど、営業さんに流されないことも大事です。

わたしの場合は気軽にたくさん刷りたい時はほかの印刷会社さん、「やったるで!」という時は藤原印刷さんと使い分けています。藤原印刷さんの名前を見て、「おっ」って言ってくださる方も多くて。みなさんの藤原印刷さんへの信頼感が大きい証拠だなと感じます。

-どこで誰に向けて販売する?-

山本:『手弁当』を発売したら自分が思っていた以上に反響があって、長崎で「手弁当を持ってます」と声を掛けられることもありました。具体的な結果が見えたからこそ、増刷しようと思えました。赤は出したくないけど、誰に届けたいかは意識していますね。

はじめのうちは好きな本屋さんに営業していたんですけど、お店によって連絡手段がちがっていて結果は1勝2敗でした。本屋側としては売り場の面積に限りがあるので、メールの文面につくり手の意思を見ていると思います。商業出版だけで年間6万冊の本が出ているので、そのお店で自分の本を扱う意義は何かを伝えるのがおすすめです。

ただ、つながりのないお店に置いてもらうと「うちの子大丈夫?」という気持ちになるし、在庫が無くなった時に次の連絡がないのでまた自分から営業しないといけなくて。利益を目的としている訳ではないので、心が折れそうになることもありました。

藤原:本屋さんじゃないと売れないってことはないと思います。顔見知りだったら飲食店や美容院でも、「あなたの本を売りたい」という街の人も出てくるはずで。自分で覚悟を決めてつくった方が街の中で流通しやすくなる印象です。

山本:わたしの本は宿と古本屋での取扱いが多めで、自分から営業するよりも知り合いのお店に置いてもらった方が広がるし、感度の合う人に届けることができると感じています。以前働いていた本屋「栞日」では松本マップも手弁当も、松本のお土産みたいになっていて。商業出版の本よりも、そこでしか買えない本の方が買ってもらえる可能性が上がってきているなと思います。


お客さんからの質問コーナー

お客さん:クラフトプレスに力を入れるようになって約10年になるとお聞きしました。多くの人から本づくりの相談が集まる中で、どうスタッフの感覚やスキルを育んでいるのでしょうか。

藤原:営業はとりあえず打席に立つことが大事なので、かばん持ちのように打合せに同席してもらいます。まずはポスターやチラシなどの案件から経験を積んでもらって、慣れてきたら徐々に単価の高い案件を任せるようにしています。マニュアルをつくると内容がどんどん増えていってしまうので、そこは経験しながら幅を広げていきます。それに耐えうる人を採用しているつもりだし、チームとしてみんなで支えています。

藤原印刷の営業として働いている小池さんは入社10年目。そのうち本づくりの仕事に関わるのは5年目で、この期間はどう育ちましたか?

小池:とにかくたくさん経験しました。多い時は年間で700件担当したこともあるし、いまは年に400件くらいですね。お客様には有名な方もいれば初めて本をつくる方もいて。私はどんな人に対しても、0から1を生み出したことへのリスペクトの気持ちがあります。

印刷会社への相談って、自分がつくった1を10にしたいという想いがあると考えていて。その人が生み出したものを私たちが関わってどう良いものにしていくかを、仲間と考えながらやっている感覚です。

印刷会社の中にはずっと文字ばかり見ている人や写真ばかり見ている人、ひたすらインクを練っている人などいろんなプロフェッショナルがいます。その人たちを介していけば1が10になるし、より良いものを提供できるという想いがあります。

藤原印刷の小池さん

藤原:僕は個人の特性と環境が合っていないことに対してすごくもったいないと思うし、やるせなさを感じています。個人が輝く環境づくりができた時に無償の喜びを感じるので、スタッフ本人の希望も聞きつつ、合いそうな仕事を当ててみるということを続けています。


これからアングルで「街の編集」を

飯田:アングルではこれから地域新聞をつくろうとしています。新聞って喫茶店にあるじゃないですか。愛知は喫茶店文化が強いから、また違った新聞がつくれたらと思っていて。自分たちが大事だと思うことには力を入れていきたいし、お金にならない活動ばっかりやっています(笑)

藤原:飲食店のカウンターとか待合室に置いてあると、ふと手に取って読まれると思います。短い章立てでつくると毎回少しずつ読んでくれて、街のことや歴史を知ることができると徐々に愛着も出てくる。市民で編集部を作って、外部編集者が入るという手もありますよね。

飯田:岡崎の街づくりは全国から視察が来るくらい進んでいて。公共と民間の協働が上手く機能していて、街に子連れの方が増えるなど目に見えるような変化もあります。城下町だった背景もあって個人商店が元気だし、商いを続けるために自分たちの街をよくしようという意識が強い。自分たちで何かやっている人が多いから、新しく始めたい人を応援してくれる人が多いんですよね。

自分たちが地域新聞をつくって街のお店に置いてもらうことで、これから情報発信をしていきたい人の相談の入口になればいいなと思っています。印刷会社に直接相談するのはまだハードルの高さがあると思っていて。アングルが「街の編集室」として間に入ることで、気軽に本や紙物をつくる人が増えたらいいなと思っています。

「心刷」を掲げる藤原印刷の藤原さんと、実際に本をつくられている山本さんのお話を聞いて、本づくりのおもしろさや奥深さを感じることができました。紙だからこそよりじっくり伝えられることもあると思うし、何か伝えたいことや表現したいものがある方の選択肢として本づくりがもっと身近になるといいなと思います。アングルとしても街のみなさんの表現を応援していきたいですし、わたし自身も気軽に本をつくることに挑戦してみたいと感じられる時間となりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

藤原隆充(藤原印刷三代目)


1981年生まれ。東京都国立市生まれ。大学卒業後コンサルティング会社、ネット広告のベンチャー企業を経て家業である藤原印刷へ入社。企画段階から仕様の提案を得意とし、個人法人問わずアイデンティティを込めた本づくり「クラフトプレス」を全面的にサポート。印刷屋の本屋(2018)、工場を開放した体験型イベント「心刷祭」(2019)、など様々なサービスを立ち上げる。共著に『本を贈る』(三輪舎 2018年)。二児の父。趣味は読書、知らない土地へ行く、構造を考える。事務処理能力あかちゃんレベル。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

山本ひかる(イラストレーター)


1992年生まれ大阪市出身。滋賀県立大学人間文化学部生活デザイン学科卒。建築・パン屋・銭湯の現場で働いた後、現在は長野県を拠点にフリーのイラストレーターとして活動中。全国各地の手描きマップを制作しながら、まちの営みや人々の暮らしに根ざした制作を行なっている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

飯田圭(Micro Hotel ANGLEオーナー)


1989年4月生まれ。山梨県笛吹市出身。都内大学を卒業し、Uターンで地元地方銀行に。同時期に民間アートプロジェクトに参画し、街に関わるようになる。その後、愛知県岡崎市に転職で移住。 中小企業支援、コワーキングスペース立ち上げ後、元カメラ屋を改装した、6部屋個室の宿「Micro Hotel ANGLE」運営を軸に、「まちの編集室」を目指す合同会社シテンを経営。地域や地域事業者の広義の意味での編集を行う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

文/すがわらはるか

写真/たいらすずか、すがわらはるか(藤原印刷の外観)

藤原印刷コラボトーク「本をつくるってどういうこと?」(後編)

2024年12月14日に開催されたトークイベント、「本をつくるってどういうこと?」のレポート後編をお届けします。後編では、実際に本をつくることについてのお話をまとめています。